トビウオに憧れて空を飛んだ男。その男は航空工学のパイオニアになった

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素晴らしい能力を持つ生物は人々を魅了して止まない。

トビウオもその一匹である。

トビウオは水面から勢いよく飛び出し、海上を優雅に飛んでいく。

そんなトビウオを目指した男がいた。

リーデット・ルヴィン。

トビウオに憧れて、空を飛んだ男の名前である。

今回はこの男の人生と功績について紹介していく。

リーデット・ルヴィンという男

1851年、フランスの港町・カウンセンで4人兄弟の末っ子として生まれたリーデット。小さい頃から空を眺めるのが好きで、いつか空を飛びたいと思っていた。またその憧れと好奇心の強さゆえに、少年時代のリーデットはよく高いところを見つけてはジャンプして脚を怪我していたという。

やがてカウンセンの中等学校に入学する。聡明なリーデットは積極的に多くのことを学んだが、何よりも彼の心を掴んだのは “空気力学" であった。特に鳥の飛翔方法について深く学び、自身も空を飛ぶために滑空機の翼の制作を始めた。

しかしなかなか上手くはいかなかった。どうしても人間の操る滑空機を空に浮かせることが出来なかったのである。

挫折したリーデットは一旦、鳥にこだわるのやめて、鳥以外に滑空のモデルになるような生物を探すことにした。

そこで目にしたのが、地元の海を悠々と飛んでいくトビウオだった。リーデットは風に乗って華麗に飛んでいくトビウオに魅了され、あれこそが自分の求める飛行イメージだと確信する。

この瞬間から、リーデットの “トビウオを追い求める人生" が始まったのだった。

トビウオの飛ぶ仕組み

リーデットはトビウオのような滑空機を作るために、まずトビウオの飛行メカニズムを明らかにすることにした。

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では、具体的にどのような仕組みでトビウオは空を飛ぶのだろうか。それには以下のような構造がある。

①胸ビレの発達

トビウオの胸ビレは非常によく発達していて翼状になっており、体長とほぼ同じ長さをしている。

胸ビレを構成するのは膜と梁のように張り巡らされた骨である。

膜は微細な凹凸が周期的に広がる「スプリット」と呼ばれる形状を取っていて、乱気流の発生を抑える効果を持つ。また厚さは数ミクロンと非常に薄いが、強度は抜群で、耐久実験ではトラックに5m程ほど引っ張られても千切れない強靭な耐久性を持つ。

その膜を下から支えるのが、枝分かれしながら複雑に伸びる骨である。この骨によって、膜の上のスムーズな気流と比べて膜の下の気流は乱され、その差が浮力を生み出す要因となる。

②腹ビレの発達

腹ビレも胸ビレ程ではないがよく発達している。

腹ビレは胸ビレで発生した気流を捉え、さらに浮力を向上させる役割を持つ。また気流の細かな変化を掴んで微調整するのも、この腹ビレの役割である。

③胃が無い

驚くことに、トビウオには胃が無い。さらに消化管は直線的である。食べた物はすぐに消化してそのまま排出することで身体を軽くして飛びやすくしているのである。

④骨がスカスカ

トビウオの骨は非常にスカスカで他の魚と比べても空洞が多い。これも身体を軽くする工夫の一つと言える。

その構造ゆえに骨格を見てみると、大抵のトビウオはどこかに骨折した跡が見られる。

これらの構造によりトビウオは巧みに空を飛ぶ。

研究によれば、海上5mの高さ時速60kmという飛行速度で200m先まで飛ぶことができるという。これはカモメよりも速く、新幹線とほとんど一緒の速さと言える。

トビウオを目指して・・・

トビウオの凄まじい飛行能力とそれを可能にする構造を理解したリーデットはますますトビウオに惚れ込んだ。

リーデットは早速、トビウオをモデルとした滑空機作りに情熱を注ぎ始めた。

最終的な滑空機のフォルムは前方に2枚の大きな羽と後方に小さな羽を2枚持つ構造となり、トビウオと姿がよく似ていた。そのためリーデットの滑空機は “fly fish" という愛称が付けられ、リーデット自身もそう呼んでいた。

実験場所は家の近くのコハ浜辺の小高い丘であり、新たな滑空機を作っては飛行試験を行った。その回数はおよそ1800回にも及び、最長飛行距離として200mを達成した(この記録は当時の有人滑空機の飛行距離において最長であった)。

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しかしリーデットの挑戦は唐突に終わりを告げた。

ある日、リーデットの操る滑空機が飛行試験の途中で予期せぬ強風に煽られ大きくバランスを崩し、そのまま地面へと激しく激突する事件が起こったのである。

リーデットは開放性頭蓋骨陥没骨折等の症状により、40歳で亡くなった。

偉大なるリーデット

トビウオに憧れて始めたリーデットの滑空機作りであったが、その滑空機の研究データ及び圧倒的な数の飛行試験データは価値のあるものとして認められ、航空工学の発展に多大なる貢献をした。

特に世界初の有人動力飛行機を発明したライト兄弟はリーデット・ルヴィンに強い影響を受けており、弟のオーヴィル・ライトは自伝の中で、

19世紀に飛行に取り組んだ人々の中で、オットー・リリエンタールとリーデット・ルヴィンの二人は明らかに重要な人物である

オーヴィル・ライト

と述べている。

またリーデットの故郷であるフランスの港町・カウンセンはリーデットの功績を称え、街のシンボルマークをトビウオにすると共に “トビウオの町" を意味する “fly fish town" を自ら名乗るようになった。

さらにリーデットが飛行試験を繰り返した小高い丘にはリーデットの墓が建てられ、多くの者が訪れる。

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リーデットはまさに、偉大なる航空工学のパイオニアの一人と言えるだろう。

※この記事には架空の内容が多く含まれています※

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Posted by ずぅ