忍者も使う “煙幕” はタコに着想を得た天才発明家の発明品!

2022年9月24日

UnsplashDustin Humesが撮影した写真

タコは墨を吐く生き物である。外敵に襲われた際は墨を吐くことで相手の目をくらまし、その隙に逃亡する。ただ逃げるのではなく、相手の視界を一時的に奪い行動不能にするという面では非常に合理的な逃走方法と言える。

ゆえに、人間もまたこのタコの墨吐き逃走術を参考にした。

そこで本記事では主に忍者とタコ墨、さらに潜水艦とタコ墨の関係について紹介していく。

煙幕の起源

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1974年当時、平賀源内と並んで江戸の発明家と呼ばれていた蔦屋意次つたやおきつぐはタコが水中で墨を吐いて身を隠す様子を見て、人類にも真似できないかと考えた。そこで塩化亜鉛や黒鉛、染料などのいくつかの材料を混ぜて球状の容れ物の中に詰めて作り出されたのが煙幕である。

と言っても現在広く普及している白色の煙幕と違って、初期の煙幕は黒く、さらに粘性も高かったために、煙幕を浴びた人間は全身が真っ黒になるという特徴があった。これは蔦屋意次が最初、タコ墨を目指して煙幕を作った結果でもある。

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さてこの煙幕はやがて利便性が評価され全国に広がった。

特に諜報活動をしていた忍者にとっては標的にバレた時に姿を隠すのに有効な手段として非常に重宝され、持ち歩かれた。

敵に向かってタコ墨発射!

便利な煙幕であるが、水中では使用することが出来なかった。しかし忍者は時として、水の中に身を潜め諜報活動に当たることもある。そこで注目されたのが “タコ" そのものであった。タコに墨を吐かせて煙幕の代わりにしようという動きが出てきたのである。

そんなに上手くいくのものだろうかと思った人もいるだろう。

実はタコに墨を吐かせるのは、意外と簡単である。

というのもタコの墨袋はタコの膨らんだ身体に十字線を入れた時のちょっと左上に当たる部分と、大体位置が決まっていて、そこを指で押すことでタコの突き出た漏斗から勢いよく墨が放出させることが出来る。

そこで水中で活動していた忍者たちは、常にタコを詰めた簡易タコ壺を腰に下げて運び、敵にバレた際はそのタコ壺からタコを取り出し、相手に向かってタコ墨を発射させることで目くらましをしていたとされる。

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ちなみに、このことによってタコの需要が高まり、江戸時代後期にはタコの値段が急上昇。町民が値下げを求めた “タコ一揆" なる運動も起こっている。

潜水艦でも使われた

時代が進むと水中でも煙幕が使えるようになり、色も赤や黄色など様々な着色が可能になった。特に戦時下においては、潜水艦が敵から身を隠す際に利用された。

しかし戦争中は、とにかく物資が不足しがちであった。そして煙幕も、原料であるクロロスルホン酸などの薬品がよく不足した。そこで代用されたのが、やはり “タコ墨" であった。

潜水艦内ではあらかじめタコから取り出したタコ墨を円柱状のタンクの中に補充しておき、必要な際は潜水艦の放出口から海に向かってタコ墨を放出し、逃走した。

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またタコは、一度墨を吐いたとしても時間が経てば、取り込んだ海水と体内のアミノ酸を組み合わせてタコ墨を作ることができる。そこで軍用タコ墨の枯渇を恐れた政府はタコの大量捕獲を指示し、戦時中において日本は、大量のタコを飼育するに至った。

専門家の見解

タコについて、島根海洋大学の諸星教授は次のように語る。

日本人は昔から食用においても軍用においても実に様々な場面でタコに世話になってきました。さらにタコは透視能力([驚愕]タコは透視能力を持つ!?)を持っていたりとまだまだ興味深い事実を秘めている可能性がある。全く、人類はタコに頭が上がりませんね。

諸星教授

タコは、偉大だ。

※この記事の内容はほとんど架空のものです※